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Thursday 23 December 2010
旅立ち
同じ国にいるのだし、大丈夫ですよ。。なんて何の答えにもなってないが子供を持つ親としては、その気持ちは欲理解できるものであり考えさせられた瞬間だった。
色々な人に遭って、机の上だけでは学べないことも色々勉強するでしょうし、頑張って自分の信じる道を進んでもらいたいものです。僕も子供を持つ親としてロンドンからエールを送ります!
Tuesday 21 December 2010
Snowman
Tuesday 14 December 2010
Technology
世界には色々な職種で頑張っている同級生がいる。彼との話しの中で、あの当時の同級生達でreunionー同窓会ーをやろうか、という話しをした。色々な国の連中が一同に会して集まれたらさぞかし楽しいものになるであろう。真の意味での平和とはこういうことをいうのだろう。
スカイプを切った後に、これもITというテクノロジーのお陰だ、としみじみと感慨にふける自分がそこにはいた。
Tuesday 30 November 2010
12月
Friday 26 November 2010
France
Monday 8 November 2010
言語
彼らは実に流暢な英語で話をする。ポーランド人の若者は僕が5年位前にに会ったときは英語がからっきしダメでおぼつかないような感じであったが、今日久しぶりにあったら驚くような変貌振りである。ただ、もっと驚くことに、実は英語以外の言語を2,3、話すことが出来ることである。確かに東ヨーロッパの連中は仕事の多いロンドンにやってくるケースが多い。ここ数年で何十万人というポーランド人が出稼ぎに来ているとも聞く。ただ、彼らはある程度の学歴と仕事の経験を持っており、仕事そのものもかなり丁寧で、安心していられるのも事実だ。そういった技術を生かすために西側に出てきて仕事をすることが目的であって、言語は道具、つまりツールでしかない。一時期の日本人が海外留学で言語を学ぶためだけに来ていた時期があったが、それは大きく間違っていたと言えよう。言葉は目的ではなく、それを使って何が出来るか、が本等の意味でのインターナショナリズムであり、実際ボーダーの近い欧州の国々ではそれが歴史的も頻繁に行なわれていたようだ。英語が出来ると、すごい、と思う日本人もまだいるかもしれない。しかし、英語はコミュニケーションのツールであるということを念頭において中身のある発言が出来てこそ、言葉としての意味を成す。中身はないが英語の発音は旨い、というのでは話にならないし、かえって、周りから馬鹿にされるのは必至である。勿論ネイティブのように流暢に話しをして、かつ話の内容が伴っていないとある程度以上に仕事は出来ないし、尊敬もされない、とみたほうがいい。こちらの地元の新聞を読んで、語彙を増やし、かつラジオなどを聴き、言い回しを勉強して、かつ専門分野を伸ばす。これが今の日本人にとって今後の重要な課題だと思う。勿論英語である必要はない。スペイン語でも、中国語でも、イタリア語でも何でもいい、日本の若者も見聞を広げ、自分の可能性をもっともっと探って、あたって砕けるつもりで頑張って欲しいものだ。
余談だが、今の日本の外交を見ているとまさにそれを強く感じる。へたくそでも良いから国際語としての英語で中身のある発言を対外的に言える人材を待ち望んでいる。今の日本政府はどうなってるのかね。まったく。。。
Sunday 7 November 2010
natural history museum
11月5日から1月9日まで期間限定でのオープンなのだが、これが素晴らしく美しい。周りの景色も、音楽も、その雰囲気も、そして何より夕方の冷たい空気がよりいい感じを醸し出しているし、周りには簡易設置のメリーゴーラウンドまでもあり、童話に世界にいるようだ。NYにもロックフェラーセンターにスケートリンクがあり、僕もそこで何度かスケートをしたことがあるが、あれにも負けない美しさだと思う。お陰で今日は足が痛くて閉口した。日本もどこかの歴史的な建物の近くにこういった雰囲気のいいものを毎年冬場の行事のように作るようなシステムがあれば、いいかもしれないと思った。スケートをするしないに関わらず、気持ちの安らぐ場、として活用することが出来るのは非常にメリットのあることだと思う。
冬到来
英国では5日にGUY FAWKES NIGHT ー(参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Guy_Fawkes_Night)というイベントが各地で行なわれ、いたるところで、花火が打ち上げられ、大人から子供までもが盛り上がる。まあ要はお祭りと言うことだが、これはもともと実在したガイ フォークスという人物が謀反物として処刑されたことに由来するのであるが、これもその当時の法律や宗教観念の違いによる社会が下した判断で、善し悪しは不明だと僕は思っている。
ただ、現在に至ってはお祭りーイベントの一つとして認識されているようだ。
こういったお祭り騒ぎが終わると、冬が加速してやってくる。クリスマスに向けての飾りつけなどで通りも賑やかになってくるということもあり、殊に欧州ではいい雰囲気を感じることの出来る季節ではないだろうか。当然仕事も12月になると忙しくなるのではあるが、(師走といわれる日本と同じ)クリスマス前にはパーティーの参加の機会も多いために、仕事がどんなに忙しくても不思議と人々の顔は普通よりかはにこやかに思える。この時期は皆パーティーの準備をするために、12月頭までは街中のブティックには華麗なドレスが所狭し、とディスプレーされ、(特に女性は毎年ドレスを買い換えている人がほとんどのようで)お洒落に気を使う女性達の購買欲をそそるようだ。まあ、そういったお店も稼ぎ時の季節なのだろう。(ちなみに男性のディナージャケット(タキシード)はいつも変わらないので大助かりでもあるー勿論太らないことが条件だが。。。)そしてある程度アルコールで疲れた頃、丁度クリスマスの日になる、という按配だ。クリスマスそのものは家族のものであり、イブの日は教会のミサに夜中に出かけ、当日は家庭で各々過ごす。そのために街中も静かなものである。ちなみに当日は各家庭で七面鳥を丸ごと焼き、グレイビーと一緒に食べ、デザートにクリスマスプディング、というのがこちらの家庭でのクリスマスの過ごし方だ。そして、そうこうしているうちに新年を迎える、という流れになる。僕たちも12月にはいったら、七面鳥をオーダーするようにしているが、この料理も大変なだけにキッチンでのバトルもまた楽し、である。
そういえば、ちょうど2年前のクリスマスイブの日に仕事で東京にいたことがあり、新宿の駅で友人と待ち合わせをしていると、ちょっと一杯引っ掛けた感じのサラリーマンの方々がケーキを買って足早に家路につく姿が見受けられた。’クリスマス=ケーキ’という日本での単純な構図、つまり宗教上の意味がほとんどない日本らしい情景ではあったが、それはそれで、家で待っている子供や奥さん達のために、また彼らの喜ぶ顔を見たいという気持ちがあってこそのケーキなんだろうなあ、、と思った事がある。子供にもは夢を与えられるし、理由はどうあれ素晴らしいことだ。と思う。
Monday 1 November 2010
ハロウィンの子供達
ケンジントンは裕福な家が多いため、とんでもないお金持ちがとんでもない家に住んでいるのも珍しくない。そういったところはハロウィンのためにものすごい飾り付けをしている家も多い。昨今の景気のせいか皆がそうしているわけではないが、通常家の門の前にカボチャのライトアップや骸骨などが飾ってあるところは、子供達のTRICK or TREATを受け入れているところだ。家によってはそこの家主がお化けに扮して子供達を待っている気さくなところもあれば、逆にお手伝いさんに全部をやらせている心のこもっていないところもある。気さくなところでは、子供達は待ち受けている知らないお化けとの出会いとそのやり取りの末もらうTREAT(つまりお菓子をもらう行為)とあげる行為とのやりとりを楽しみにしているのである。いわばお祭りのようなものだ。小さな子供からティーンエイジャーまで様々な’こども’がいるが、皆一様に楽しんでいる平和な風景がそこには存在する。ふと僕が小さなときにお寺の境内から繋がる沿道でやっていた人の波でごったがえす露天の夜店を思い出した。この辺りは親の仕事の都合上様々な国籍の子供達がいる。自分の子供も、勿論そうだが、お菓子をもらって嬉しそうに微笑んでいる子供達を見ているとどこの国の子供達も純粋で本当にかわいいなあ、と思ってしまう’おじさん’になった自分がそこにはいた。
Wednesday 27 October 2010
次世代の教育
何がすごいのかって、、その場で予期せぬ質問があることだ。
例えば:
1.英文学の学生に対する質問:なぜイングリッシュの学生は、この50年もの間’コロネーションストリート’〔イギリスのドラマで日本でいう庶民ドラマ〕に興味を持っていると思いますか?説明しなさい。
2.音楽専攻の学生に対して:もしあなたが新しい楽器を発明するとしたら、それはどのような音をだすのか?説明しなさい。
3.生物学の学生に対して:ここにサボテンがあります。これについて説明しなさい。
4.神学〔宗教理論〕の学生に対して:エクストリームスポーツや、極限に挑む様なアクティビティーといった、命を掛けるようなことをする人たちはヒーローか?それともバカか?説明しなさい。
5.心理学の学生に対して:人間にとって’ノーマル’とは何か?説明しなさい
6.生態医学の学生に対して:なぜ猫の目は暗闇で光るのか?説明しなさい。
これらの例は、ジョークでもなんでもなく、本当にあった出題で、いかに理論的に自分の考えやアイデアを表現できるか、ということだ。これを見て、思わず唸ってしまった。というのも超名門といわれ、ノーベル賞受賞者もケンブリッジ大学の80数名についで50人近く輩出しているオックスフォード大学と、かたや日本の大学受験での入学システムの違いがあまりにもありすぎるからだ。日本の場合、暗記、公式、傾向と対策といったいわば詰め込み型の教育であり、思想的には自由度に欠ける。もちろん今までの日本の社会構成には非常にうまく機能していたと思う。というのも一度会社に入ればそこで教育をされなおし、うまく機能しながら出世していく。ただ、ここで僕が疑問に思うのは、このような従来の方式では、ある特定の才能に秀でている人間には向かない、ということだ。僕はなにもオックスフォード大学のまねをしろ、といっているのではなく新しい思想やアイデアを育めるような環境、それを取り巻く人たちが、今後、そういった人材が必要になるであろう時代を見越して、フレキシブルな教育体制を取れないものだろうか、ということだ。
日本の最近の若者は海外に行きたがらない人が多いと聞く。非常に嘆かわしい事であり、また問題でもある。政治家にしろ、医者にしろ、スポーツ選手にしろ今後の社会にはもっと広い思想をもって、色々な国の人たちと仕事をするケースが増えてくるのは必至だ。もっともっと外に出て頑張れる人材が育つ環境が大切になってくる。
今後の日本の教育がどうなるかは分からないが、少なくとも今のような体制では良いとは思えない。世界で通用するような人間を目指し、世界から欲される人材になるためにも日本の若者にはもっともっと頑張ってもらいたい、と心から願う。
Sunday 24 October 2010
学校教育
ところが、今日の子供の学校からの手紙で、驚くことを発見。僕の長女は今、Y4〔イヤー4)つまり小学校4年生なのだが、4年生は歴史の勉強で今チューダー朝の勉強をしているということもあり、チューダー朝時代の食事を作るというものだった。そのメニューがチューダー朝の騎士達が食べたとされるデザートで、パン生地に色々な素材、クリームやレーズンや果物などを乗せそれを何度か繰り替えし、レイヤーを作って最終的にはオーブンで焼く、という極めて質素なものである。日本であれば、侍のそれも御徒士の食後のつまみ、、、なるものなのかな、、なんて考えながら、手紙を読み続ける。ちなみにY3はThe Great Fire of Londonーロンドン大火という1666年に起こった大火事ーがメニューの名前である。つまりロンドン大火について勉強中ということである。(余談だが、この大火は僕の記憶によればパン屋のかまどから出火したものがロンドン中に広まってあっという間に中世のロンドンは壊滅し、以降ほとんどの建築物が石造りのものとなったらしい。)要はパン作りをするのであろう。
このように、勉強している歴史の内容とクッキングクラスのメニューをインタラクティブに繋げることにより、子供達の頭の中に鮮明な記憶を植えつけることの出来るカリキュラムが素晴らしいと思った。イギリス人はディベート〔討論〕に優れている者が多いといった理由は、そういった、ちょっとしたものを学ぶ過程の中でのリサーチや、自分の考えといったものを発展させられる余裕があるからなのだろう、と妙に感心してしまった。
今度娘にチューダー朝の騎士のデザートを作ってもらう約束をした。あまり旨そうとは思わないが、娘が作れば、それもまた旨いものになる、と思っている。
Wednesday 13 October 2010
チリ鉱山落盤事故救出劇2
チリ鉱山落盤事故救出劇
Friday 8 October 2010
インターナショナル社会でのリーダー
今朝家族と話しをしていて思ったのだが、いかなるニュースにおいても、グローバルなメッセージを伝えるためにその国のリーダー達も国際社会に対して明確なメッセージを送っている。それも海外プレスに対してはリーダー自らが自らの言葉で、ちゃんと英語でメッセージを発信し、またプレスに対しての受け答えを行なっている。あのちっぽけなハンガリーのリーダーでさえ英語でしっかりと発言していた。しかし、なぜ日本のリーダーや首脳達は、そういったことが出来ないのか、これはものすごい問題である。インターナショナルな社会では考えられないことである。確かに日本の中で生活するのに、英語は必要ないかもしれない。しかし、今後ますますアメリカ、欧州、アジアといった国々とやりあわなくてはいけないようになる。政府の首脳やリーダー達には、どこに出ても恥ずかしくないようなメッセージを英語で明確に発言できるような人材でないと、周辺国からバカにされるのは必至である。せめて日本の首相になるべく人は、そういった能力と説得力に欠ける人は、なってはいけないのでないかと思う。確かに日本は敗戦国とは言え今までに植民地になった歴史もないので、相手方の言葉を使う必要はなかった、という歪んだ自慢話のような理屈はあるかもしれない。しかし、経済大国として君臨してきた国の要人とは思えないような、情けない行動や言動は見ていてはずかしい。この5年間で日本にはまともな首相はいないのではないか。ある首相のように東大を出ています、といったところで何も出来ない総理では困るのであり、彼が英語が出来ます、といいつつもこちらが恥ずかしくなるような英語ではどうしようもない。その上公約を守れないような状況になると辞任する。。リーダーとは何が出来るかであり、何を知っているかではない。尖閣諸島問題にしてもそうである。いったん逮捕した容疑者を相手側の圧力に負けて、いとも簡単に釈放する。そのうえ証拠のビデオも公開しないという。今の日本の政治家や政府そのものがどうしようもないのか。。。悲しいかぎりである。言うべきことははっきり言って、行動した上で協議を重ねるのであれば分かるが、何もない、ではあまりにも情けない。今の日本の政治は全てにおいて3流だと思う。そうこうしているうちに中国がアジアの覇者になっていくと思うと不安でもある。今回の尖閣諸島問題で日本は2度恥をさらしてしまった。このままでは。もはやインターナショナル社会では重要視されなくなる日もそう遠くないかもしれない。日本人として、行動力のない政治家は要らないし、頭でっかちの机上の空論だけを錦の御旗のように振り回すものも必要ない、と思う。考えれば考えるほど腹が立つので、この辺でやめておこう。
Thursday 7 October 2010
審美眼
Monday 4 October 2010
芸術の秋
ロンドンもこのところもう秋深し、、、と言う雰囲気で、毎朝出勤前に車のフロントガラスに落ちている落ち葉をとる作業から始まり、もうそろそろ夏時間も終わるんだなあ、、と改めて一年の経つ早さに驚くばかりだ。
10日ほど前にロンドンで毎年行なわれる恒例の100%デザインと言うイベントにいったのだが、世の中景気がまだまだ回復してないせいか、出展している企業も年々少なくなっているように思えた。会場の規模も随分小さくなったとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。昔に比べ、がっかりするような出展作品も多く、クリエイティブ業界に危機を感じてしまったのは私だけだろうか。。来場者に限らず、出展ブースにも韓国ブースや、中国ブースものもあり、新興国の経済力の強さを垣間見る反面、こいつ一体何しに来たのだろうか、、と言うようなある新興国の来場者もいた。昔、といっても10年以上前、スイスのバーゼルで行なわれる時計のショーにも頻繁に行っていた時のスイスの時計業界の連中が愚痴っていたことを思いだしたのもそのときだ。何でもショーで発表される新製品をカメラでバンバン撮って、その2,3ヵ月後には偽者の時計が世の中に出回っていると言う。製造元、メーカーを探し出してもその会社自体が存在せずに大変だと頭を抱えていた。同じようなことが今でも起こっているようだ。もともとアイデアとか知価といったものに対しての考えすらないような連中も多いと聞くし、そのような国に大国になってもらっては困ると思う。
ショー自体も覇気がなくインパクトにかけていたとはいえ、日本から出展されて頑張っている方たちもいた。私の中で一押しは、熊本の小国と言う阿蘇の小さな町から出展されていた60くらいのご夫婦の家具である。非常に造りもよく、ゲルマン系の連中がしきりに質問をしていたようだ。特にシングルチェアーが見事で、物をあまり欲しがらない私も家におきたい、と思ったほどである。残念ながら今のインテリアとはちょっと雰囲気が違うので、今回は見送ったがそのうちに是非購入したいものである。次回熊本に帰ったら一度工房を訪ねてみようか、と思っている。日本もこういった機会にジャパンブースなるものをだして、もっともっと日本の製品のよさ、工芸の美しさをアピールするくらいの心意気がないとだめだ。そういったものをデザイン振興会ももっと後押しするべきである。そうでないといつまでたっても、孤立したものになってしまう。
この2週間は、忙しい中、色々考えさせられる日々の連続であった。
Sunday 12 September 2010
白洲次郎ボトル
Wednesday 8 September 2010
命
Wednesday 18 August 2010
愛着
仕事柄3Dに接する機会が一般の人たちより100倍くらい多いのではあるが、実際に眼鏡をかけて3Dムービーを見たのはこれがはじめてである。TOY STORYは前作もその前の作品もみたが、コンピューターの処理能力が年々早くなっているためか、3D技術は素晴らしいなかなかの出来栄えのものだった。AVATARも飛行機の中で見たときの2Dながら、そのクオリティーの高さに感動した自分がいたが、今回のものはストーリーもなかなかよく、涙腺の弱くなった親父には最後のシーンはちょっと涙がぽろり、だった。暗闇の中、横で見ていた娘をチラッとみるとやはり同じシーンで涙していた。映画が終わって、夕方のケンジントンの静かな通りを歩きながら、彼女いわく、"Dad,.. what are you going to do with all the toys I have ...when I am leaving home for my college..." 私いわく、'.......’ 考えたこと無かったので、ちょっと返事に困ってしまった。実際、似たようなことが幾度かあった。娘が学校で作った工作や絵を持って帰ってくるのだが、全部ひとまとめにして箱にいれたりする。そうこうしているうちにどれかを棄てないといけなくなるのだが、3歳の頃に描いた絵とかは、どうしても棄てられない。。これは描いた本人がそう感じているのではなく、親である僕達が、より強く感じているのである。
人間とは不思議なもので、愛着にこだわる生き物であり、それが人生の思い出を蘇らせてくれたりするから不思議なものである。こういった感情は親から子へ、そして、孫へと受け継がれていくものなのだろう。
Saturday 14 August 2010
故郷
今回のように友人が故郷から来たり、学生時代をすごしたアメリカの友達が来たりすることは非常に嬉しいものであるが、その反面、いったん帰国してしまうと、ポッと穴が開いたようになるのは常のことで、この感覚は死ぬまで持ち続けるものなのだろう。僕にもロンドンで生まれた子供達、そして妻ー家族がいる。ロンドンもある意味故郷となってしまっているが、生まれた故郷とはまた一味違い、こういった哀愁と言うのか、懐かしさ、と言うのは人間である以上持ち続けていくのだろう。
久しぶりの楽しい3日間だった。
Wednesday 11 August 2010
design
今後の社会の中で環境意識をもって使用する製品が増えてくることは間違いないし、将来的には医療関係とエネルギーと言う壮大なテーマを重点的にやらなければいけない時期がもうそこまで来ているのは事実だ。
今回のこれらの製品は、日常で無意識のうちに環境問題に取り組めるようになれば、と言うコンセプトから生まれたもので、環境、環境と錦の御旗のように振り回している社会では、まだ環境問題に真剣に取り組んでいる社会の’真のあり方’とはいえないとおもう。アンビエンテックの久野さんとはもう長い付き合いになるが、彼は常にニッチな市場をねらい、かつ世の中にためになることをしようと一生懸命だ。バイタリティーもあり今後が期待される人である。二酸化炭素モニターなどは、その典型的なもので、車の運転などで眠くなるのは二酸化炭素が室内に増えるからであり、ドイツの車メーカーなども最近真剣に取り組み始めているものだ。また仕事をしている時もオフィスなどで、二酸化炭素が増えると効率が悪くはかどらない、と言う事実も既に報告されている。今後の普及に期待したいものだ。
話しは変わるが、先日、畏友白洲信哉の祖父の白洲次郎さんの持っていた樽で仕込んだシングルモルトのウイスキーをボトリングするにあたり、僕がそのデザインを担当させてもらった。今回で3回目で、これがこの樽でできる多分最後のボトリングになる。90年近く前にイギリスから送られてきた樽だ。
今回のデザインも終わり、ラベルをいまボトルに貼っている最中だとおもう。貴重なものになることは間違いないし、古き良き英国と、現在のモダンデザインの融合を楽しめたらと思っている。
Thursday 5 August 2010
友2
日本のニュースでいたたまれない幼い子供2人が放置死されるというニュースがあったが、世の中なんか狂ってるとしか思えない。人の命を一生懸命助けようと頑張っている人がいるかと思うと、そうでないとんでもないものもいる。子供は生きるために生を受けたのであって、死ぬために生まれてきたんじゃあない。幼い子供を持つ親としてもいたたまれない悲しい気持ちで一杯だ。離れているとはいえ今後このような事件は起こってほしくないし、世の中ももっとまわりに関心を持っていってもらいたいと思う。
Saturday 31 July 2010
友
先週は出張で日本へ行った。東京に入りその日は畏友の白洲信哉とまちあわせをして、それから、西麻布の無垢の渡辺さんにうなぎをご馳走になった。日本のあまりの暑さの中、うなぎで時差ぼけと体力回復をし、そのあとウイスキーを呑みに3人で繰り出す。今回は信哉の祖父に当たる白洲次郎氏の樽でボトリングしたウイスキーのボトルデザインをやるため、と言う名目でも集まりだったが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。次の日は名古屋へ移動。名古屋で2日間の仕事。名古屋ではddsの三吉野氏や猫博士の服部氏とともに、とり料理専門の日沖にいく。久しぶりだったが、相変わらず美味しいものを日沖さんがだしてくれる。うまかった。
東京にもどってから、東京、横浜と仕事をこなし、空路熊本へ。今回は両親の顔を見ると言うこともあるのだが、中学校の大同窓会なるこのがあり、講演を依頼されていた事もあり、と言ってもそれ以上に旧友に会うことが何よりも楽しみである。思えば、去年30年ぶりに皆に再会してから、あっという間に半年が過ぎた。楽しい時間というものはいつの日もあっという間に時が過ぎ去るように出来ている。恩師、先輩、後輩色々な顔の中にこの30年間の人生が刻み込まれていたような気がした。学校の友、社会人になってからの友、友達にも色々あるが、何歳になってもやはり友とはありがたい存在である。
昔よくオヤジに言われたもんだ。友達は大切にしろ。友情はお金では買えない。友情こそが一生の宝物だと。まさにそのとうりである。今はもうロンドンに戻って、仕事に追われている。しかし、友情とはどこにいてもかわるものではない。
Saturday 3 July 2010
Uruguay vs Ghana
自分が応戦する国がことごとく負けていく。さて、どこが優勝するのか。。楽しみだ。
Wednesday 30 June 2010
JAPAN
Sunday 27 June 2010
ENGLAND
Friday 25 June 2010
vs Denmark
こちらのBBCでも絶賛されてましたからね。ワールドカップは本当に分からない。日本の友人達も夜中までテレビに釘付けだったらしいですね。お疲れさんです。
こちらでは、車専用の国旗を取り付けるホルダーが売っていてそれを自分の車につけて走っている姿がよく見受けられます。
時々信号で止まっていると、前の車は、イングランド国旗、右となりはポルトガル国旗、左はイタリア国旗などと一般道でもまるでワールドカップ状態です。私も日本の国旗と言わずRISING SUN(日章旗)をつけようかかと思ってますが、そのサイズの国旗がないんだよね。。せっかくだからイングランドの白地に赤のクロスと、日本の白地に赤丸をがったいさせたものを勝手に作ってつけようかなあ、なんて思ったりもしています。こちらは過激な奴らが多いから、まあ、日本と対戦しないことを祈っております。
今日も良い一日が始まりそうです。
Saturday 19 June 2010
WORLD CUP
しかし、スローテンポとはいえ思ったよりいい試合だった。日本ティームまた頑張ってください。
Friday 18 June 2010
ブログ
明日は日本のワールドカップの2戦目のですね。1-0で日本が勝ってくれたら、まさに神風だよなあ。カメルーン戦も勝利したのは奇跡に近かったしね。
世界的に景気が芳しくない中、明るい話題としての今回のような世界規模のスポーツイベントはある意味大切なものなんでしょうね。普段は見ないサッカー(こちらではFOOTBALLという)でもワールドカップの、特に日本の試合は出来るだけ見るようにしてます。日本が負ければ、次に応援するのはアルゼンチンかな。日本もそうだけど韓国とかも同じアジアの国の中で頑張っていると思うので決勝リーグまで残ってくれるといいですね。日本を離れて人生の半分以上になろうとしているけど、いつになっても母国が頑張っているといい刺激になります。
日本人も、特に若い人達は世界に羽ばたくべく頑張ってほしいものです。